もしかしたら、誰にも「北上」したいと思う「一号線」はあるのかもしれない。もちろん、それが「三号線」でも「66号線」でもいいし、「南下」や「東上」であってもかまわない。(沢木耕太郎『一号線を北上せよ』2003年、講談社)
「一号線を北上」するとは、憧れの目的地まで、憧れのルートをたどって移動するという意味です。
単に「ハノイに行く」のではなく、「ホーチミンシティから国道一号線を通ってハノイに行く」というように。
私は2026年8月1日から16日まで、インドネシアを旅しました。
私にとっての旅行の目的も「一号線を北上」することです。つまり行って何かを見ることだけでなく、そこまで移動することそのものも重要な目的です。
ホテルもレストランも観光も、土産物屋さえも旅行会社が指定したところで済ませる。移動はすべてガイドが運転するクルマ。そういう「ツアー」もけして否定はしませんが、私には興味がありません。
目的地までまでバスや鉄道などの公共交通を使って、窓外の景色を眺めながら移動する。それ自体が旅の目的です。
宿泊は、明るいうちに到着するスケジュールなら、一泊目すら予約しません。現地で、飛び込みで決めます。
つまりバックパッキングです。
なぜバックパッキングなのか。
「旅は思い出への投資」と、経済学者の野口悠紀雄氏が言っています(『「超」旅行法』1999年、新潮社)。
修学旅行式では、思い出が残らないからです。
初めて海外旅行をしたのはバンコクで、旅行会社のツアーでした。
そのときの記憶は、中学や高校の修学旅行と同様、まったくありません。
以後、旅行はすべてバックパッキングでしています。
