労働経済学では、賃金を「労働サービスに対する価格」と定義しています(川口大司『賃金とは―経済学の観点から』)。
価格は需要(労働の場合は求人件数)と供給(労働の場合は求職者数)が一致するところで決まります
このため賃金は、個々の労働者や企業が自由に決めることは できず、互いに所与(世の中全体で決められる)のものとして受け入れなければなりません。
そのとおりだとすると、賃金は人手不足のときには上がり、人手過剰のときには下がるはずです。
しかしこのような想定は、どうも私たちの実感と一致しません。
「今は人手不足だ。会社に強気に出て給料を上げてもらおう」と考える労働者や、逆に「今は人手余りだ。給料を下げよう」と考える経営者はほとんど皆無です。
2026年4月現在、完全失業率(総務庁統計局)、有効求人倍率(厚生労働省)、企業短期経済観測(日本銀行)など、どの指標をみても人手不足であることを示しています。
しかし実質賃金指数(厚生労働省)は1990年以降でほぼ最低の水準にあります。
しかしこの点だけを見て「労働経済学は役に立たない」と結論付けることはできません。
賃金は労働力の需給だけで決まるわけではありません。
労働生産性(労働者一人当たりの生産額)や労働分配率(企業が生産額を人件費に使う割合)、労働組合の交渉力なども影響します。
労働力需給が賃金に影響しているかどうかは、さまざまな要因の影響をコントロールしなければ判断できません。
労働経済学者の川口大司氏によると、労働市場の需給均衡理論がある程度、現実の賃金決定を説明することは、さまざまな実証研究によって確認されています(前掲『賃金とは―経済学の観点から』)。
労働力の需給で賃金が決まるという理論が実感しにくい点を川口氏は地動説に譬えて、「地動説という理論が正しいかどうかと、地球が動いていることを私たちが感じるかどうかは関係ない」と述べています。
